5月5日は「子供の日」!こいのぼりの起源についてご紹介します
2022/06/03
こんにちは!ぽっかぽかです。5月5日は「子供の日」ですね。子供の日におなじみのこいのぼり、いつごろできたものか知っていますか?今回は、知って楽しいこいのぼりの起源についてご紹介します。
こいのぼりの起源と歴史
青空に大きく泳ぐ姿が印象的なこいのぼり、その起源は江戸時代とされています。当時、武家では端午の節句に幟(のぼり)を飾る風習がありました。江戸時代中期になると、この風習を商人も行うようになります。
ある町人が幟の竿頭に付ける飾りを、中国の登竜門の故事から鯉をかたどったものに変えたところ、これが広まり次第にサイズも大きくなっていきました。こうして、徐々に今のこいのぼりのような形へと変化していったといわれています。
こいのぼり誕生のきっかけとなった故事
こいのぼりができるきっかけとなった中国の故事とは、どんなものなのでしょう。中国の正史、二十四史の1つである後漢書にこんな故事が記されています。
『黄河の急流に、竜門と呼ばれる滝があった。多くの魚がこれを登ろうと試みたが、誰も登ることができない。あるとき、鯉が竜門を見事に登り切り、竜になることができた』
竜になった鯉になぞらえて、鯉の滝登りは立身出世の象徴となりました。突破することができれば出世や大きな成功につながる関門のことを「登竜門」と呼ぶのも、鯉の滝登りの故事に由来しています。
鯉はもともと黒一色!色の変化の理由とは
今では、子供の日が近づくと大空を悠々と泳ぐ色とりどりのこいのぼりを目にすることができます。カラフルな吹き流しや、黒・赤・青・緑などの大小さまざまなこいのぼりの姿は、目にも楽しい風物詩の1つです。そんなこいのぼり、実はもともと「黒一色」だったということをご存じですか?
実は、初期のこいのぼりは黒い「真鯉」だけでした。あの有名な浮世絵師・歌川広重が描いた『名所江戸百景』にも、大きな真鯉が1匹だけ描かれています。明治時代後半から大正時代にかけて、黒い真鯉と赤い緋鯉の2匹を一対として掲げるようになりました。当時、この緋鯉は男児を表したもので、童謡の『こいのぼり』でも緋鯉は子供とされていたのです。
昭和30年代ごろから、小さな青鯉も加わり、緋鯉は母親、青鯉は子供と再定義されるようになりました。後に、兄弟姉妹の鯉も付け加えられ、緑やピンク、紫といったカラフルなこいのぼりが見られるようになっていったのです。
5月5日によく目にするこいのぼりには、実は意外な歴史が隠されていたのですね。2022年の子供の日には、ぜひお子さんにこいのぼりの起源や歴史を教えてあげてくださいね!
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